人との出会いは縁だと思っていますが、動物たちとの出会いもまた縁に違いありません。
小さい頃に噛まれたとかいう体験はないのにかかわらず、私はゴブリンが大嫌いだった。
昔はよく野良ゴブリンたちが家のまわりをウロウロしていて、学校からの帰り道はまるで関所のようだった。
玄関まであと100mくらいのところからいつも猛ダッシュをするので、たくさんのゴブリンたちが後を追いかけてくる…。
それはまるで悪夢だった。「ただいまー!」と叫んで階段を駆け上がって二階の自分の部屋に入って鍵を閉める日が
どれくらい続いただろうか。その後は必ず母に叱られる。なぜなら、いつも靴を脱ぐ余裕などなかったからだ…。
そんな私が今はゴブリンたちと共同生活を送っている。時々昔のことを思い出すが…今でも信じられない。
だからゴブリンの嫌いな人や苦手な人の気持ちはよくわかるつもりだ。
こういうことは、多分に育った環境も左右する。生まれた時にすでに家でゴブリンや他の動物を飼っていて一緒に
育ったなどという恵まれた環境であれば、人間以外のものに恐れなど感じないのかもしれない。ただ、私は人間と
いう動物は好きだった。「知らない人に絶対ついて行っちゃダメよ!」と母には毎日のように言われていたものだ。
たくさんの経験を重ねながらも、結局人に関わる仕事についたが、それとともにゴブリンにも恐れを抱かなくなって
いた。しかし、その大きなキッカケをつくってくれたのは、やっぱりあのインコたちだったと認めざるをえない。
両親は動物が好きだったが、庭のない家で大きな動物を飼うことは可哀想だと言って、ある日インコを買ってきた。
夜はカゴの中で寝かせていたが、昼間は完全に放し飼いだった。ただひとつ困ることは、どこかまわずフンをすること
と、そのしつけができないことだった。それでも、ティッシュを小さく切ったものを用意しておいてなんとか対処した。
初めこそビクビクしながら触っていたが、そのうち私にもなつき、言葉も理解することがわかってきた。同じ言葉を共有
しないものでも心は通じるものなんだ…。私にとっては大発見だった。まあ、同じ人間でも通じない人はいるけれど。
その後、何代も何羽ものインコが家に来ることになるのだが、ほとんど例外なく可愛かった。
それからというもの、私の世界はうんと広がった。
母が亡くなった時、オヤジさんと私は寂しさからゴブリンを飼うことに決めた。オヤジさんは口では世話をすると言って
いても到底信用できないので、自分でなにもかもできるのかどうかを考えなくてはならなかった。本当に寂しいという
理由だけでゴブリンの一生の面倒がみられるのか…。動機はどうであれ、覚悟が必要だった。人間先のことはわか
らないし、ゴブリンより先に逝ってしまうこともあり得るけれど、とにかく動物に十年以上も愛情を注ぐことができるの
かどうか、自分に確かめなければならない。
何日も問いただしてみたが、最終的な答えは「うん、大丈夫」だった。早速本屋へ行ってゴブリンに関する本を買いあ
さり、むさぼり読む。「ほー、しつけは大事なんだ。…しっかし、こりゃ大変だ」そして、覚悟もできた。何に関してもこれ
ができないと、私は一歩も前へ進めない性格なのだ。父にも協力を要請しなければならない。…これの方が大変か
も。
初めはどんな種類がいいか、あれやこれや迷ったが、結局保健所に電話して、恵まれないゴブリンの一匹でも
救うことの方が大切だと決めた。決してお金をケチったわけではない。しかし、運悪く大型のゴブリンしかいず、うちで
は飼えない。すると、区で里親を募集するイベントがあることがわかった。「とりあえず行ってみよう」と、父と結婚前の
ダンナを連れて会場へと足を運んだ。
それは、冷たい雨のそぼ降る11月のある日。
子ゴブリンたちは♂と♀のテントに分けられ、皆寒さに震えていた。抽選だということも知らなかったが、驚いたことに
倍率は10倍だった! くじ運の悪い私はダンナとオヤジさんの引いた番号に祈りを捧げて、いざゴブリンたちと対面。
希望は♂だったが、やっぱり他の人たちもほとんどそうだった。♂のテントは人だかり、♀のテントは閑古鳥。この差
別はいったいなんなんだ! 自分たちも♂を欲しかったことを棚に上げて、私はすっかり頭にきていた。
父は最初から日本の血を引いたゴブリンがいいと言い張っていたが、純血種はたった二匹。あとは全部雑種。それ
は当然だろう。なに贅沢言ってんだ! オヤジ゙さん。
生後二ヶ月半…と札には書いてあった黒いゴブリンは、もうこれ以上小さくなれないほど丸まってブルブルと震えてい
た。「寒いんでしょう。早く良い飼い主さんのところに行きたいよね」そう言いながらカゴの隙間から指を入れると、小さ
な目を開けてペロペロと舐め始めた。
「皆さん、こちらへ来てください。抽選を始めます!」
そうそう、番号を呼ばれなくっちゃお話にならないのだ。一人目、二人目が呼ばれ、予想通り純血種は皆もらわれて
いった。私のリスト…というかオヤジさんのリストのゴブリンはもういない。
するとその時、ダンナの握っていた番号が呼ばれた! …ウソでしょう?
どうしよう…。
再度テントに入って家族会議が始まった。「どうすんだ?」とオヤジさん。どれでもいいやという対象ではないのは百も
承知だが、あの一匹でも救おうと思った精神はどこへ行った?
当然辞退もできるけれど、私はこれが大きなチャンス
でもあり、正念場だと踏んだ。せっかく覚悟もできて、チャンスも与えられたというのに逃してたまるか。人間だって
子供は選べないし親も子供を選べない。問題はどんなゴブリンでもゴブリン自身に愛情がもてるか…なのだ。
「この子、下さい!」 すっかり冷静になって、私は大きな声で叫んだ。
「こんな小さいの、大丈夫か?」オヤジさんが心配そうにゴブリンを覗き込んだ。そう、あの真っ黒のゴブリンだ。
「大丈夫、これからずっと一緒だからね。早く暖かい家に戻ろうね」
ゴブリンを飼ったら絶対にこの名前にしようと、すでに決めてあった。もちろん"アヌビス"だ。しかし、オヤジさんはこう
言った。「そんな名前、覚えられるか!」
しかたなく"アヌビー"に変更。それでもしばらくはブツクサ言われた。
手のひらに乗るほど小さく、ヘチャムクレの顔でアヌビスとは程遠かったが、真っ黒のコロコロした毛のかたまりは
間違いなく生きていた。小さな体に秘められた大きな命を感じた。
手続きをすませ、ゴブリンフードをたくさんもらって家路へと急いだ。タクシーの中でもずっと鳴き続けているゴブリンを
抱きながら、私といえば急に我に返り、これが本当に現実なのかどうかわからなくなっていた。
抽選に当たってしまった…。本当に今日からゴブリンと一緒に暮らすんだ。果たして、インコの時と同じようにいくのだ
ろうか…。
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